Two of Us

 コンクリートの床に転がった携帯が突然目を覚まし、けたたましく鳴りはじめたので、携帯と一緒に仰向けに倒れ伏していたジョンは苦労して身体を転がし、肘の力で何とか20センチほど身を起こしながら、携帯ににじり寄りって通話ボタンを押した。
「ジョン、聞こえるか? 君の居場所が分かったぞ。今そっちに向かってる!」
 シャーロックの声を聴きながら、ジョンは再び体を仰向けに戻していた。うつぶせ状態では既に呼吸がひどく苦しいのだ。
「…来ちゃだめだ、シャーロック…ガスが…!」
「何だと、どんなガスだ?」
「…分からない…。身体が痺れて…動けないんだ…。」
「分かった。もうすぐ着くから、頑張れるな?」
「…だから来るなって…! ドアをロックされてるんだ。何か道具がないと開かないし…引火性のガスだったら…その時君も一緒に…。」
「一緒に吹っ飛んだからどうだっていうんだ、ジョン?」
「…僕は君を…巻き込むのだけは嫌だ…!」
「そもそもこの仕事に、君を巻き込んだのは僕だが。」
「…シャーロック…!」
「…ジョン。この間一緒に古いアメリカ映画を見ただろう、列車強盗の。」
「…覚えてる。ブッチとサンダンス…。珍しく…君があまり突っ込まなかったな…。」
「あのラストシーンを、君は究極のハッピーエンドだと言ったろう。命と引き換えに、彼らは自由を手に入れたって。僕もその意見に同意したからだ。」
「…嘘だろ、君が…僕の意見に…?」
「あの二人が揃って…もしくはどちらか一方でもいいが…生き残り、刑務所につながれる場面なんて想像できるか? 何一つ自分の自由にならない場所で無為に日々を過ごす、そんなことあの二人に限って有り得ないだろう。僕らだって同じさ。」
「…同じって…?」
「君一人を、先に逝かせるわけには行かない。」
「…なっ…自分が先に…バーツの屋上から身を投げたくせに…!」
「あれはトリックだ。」
「…分かってるけど…僕だって君を、死の危険に晒したくない…」
「この世にあっては、僕らは二人なんだ、ジョン。一人になったら、僕らは僕らとして機能できない。」
「…それはもしかして…死なば諸共って言ってるのか…?」
「そういう言い方もあるな。…ところでその部屋に窓はあるか?」
「…ごめん、分からないよ…実はもう…ほとんど目を開けていられない…。」
「分かった。横になってるんだったらそのまま動くな。すぐ外にいるから。」
「…シャーロック、やっぱり考え直さないか? 君は一人でも立派に…。」
 気が付くと、既に携帯からは何の反応もなかった。ジョンは仰向けの姿勢のまま溜息をついたつもりが、酷く咳込む結果になってしまう。思うように呼吸が出来ず、薄れかけた意識の中で、ジョンはガラスの割れる大きな音を聞いたような気がした。


「こっちだレストレード! 早く救急隊を入れろ!」
 シャーロックが叫んだ直後、飛び込んできた救急隊が、ジョンの止まりかけていた呼吸を先ず回復させるために酸素マスクをあてがっている。自分も口に簡易マスクを当てながら救急隊のあとから入って来たレストレードが、咳込み始めたシャーロックにもマスクを手渡す。
「何もつけないまま飛び込むなんて、君らしくもなかったなシャーロック。」
「仕方ないさ、一刻を争う事態だ。」
「確かにそうだが…。」
「それより犯人はどうなったんだ?」
「ちゃんと身柄を本庁に送ったさ。」
「なら、僕らの役目も終わりだな。何かあれば僕らは…」
 シャーロックはそこでいったん言葉を切り、意識がないまま担架で運び出されていくジョンを見送る。
「…僕ら二人は病院にいるから。」
 頷いて救急隊のあとからレストレードが出て行くと、シャーロックはいっとき、その場に一人で残された。

 この世にあっては、僕らは二人なんだ、ジョン。今までも、そしてこれからも。


【終わり】