Summer Festival in Japan

「何なんだジョン。その恰好、ふためと見られないぞ。」
「仕方ないだろ、トイレがすごく暑かったんだ。さすがにそこまでは冷房効いてないみたいでさ。」
「だからってシャツのボタン全部はずして、ジーンズ膝上までたくし上げなくても…。英国紳士たる自覚がないのか?」
「…バカンスで日本って、誰のアイデイアだったんだっけ、シャーロック?」
「言い出したのは君だろ、ジョン。」
「確かに行ってみたいとは言ったよ。だけど、夏のバカンスなら北海道の予定じゃなかったか?」
「そっちは予約が一杯だったんだから仕方ない。」
「お兄さんに頼んでたんじゃなかったのか?」
「その兄だが、日本人には英国流のユーモアが通じないと嘆いてたな。」
「…北海道の担当者を怒らせたんだな?」
「まぁそんなところだろう。」
「だからって、こんな炎天下の東京に来なくたってよかったんじゃないか、シャーロック?」
「暑いのがそんなに嫌なら、ホテルから出なければいい。僕はそのつもりだ。」
「だったらロンドンでホテルに泊まったって一緒だろう! わざわざ東京くんだりまで来たんだ、日本の夏を満喫しよう!」
「僕はまだ、熱中症で死にたくない。」
「そりゃ…そんなダークスーツでうろちょろすりゃ、熱中症にもなるさ。実はさっき、フロントで相談したんだよ。日本には夕涼みっていって、暑い昼間を避けて日が傾いてから出かける風習があるらしい。その夕涼みに着るユカタっていう着物が、ホテルで借りられるんだって。」
「この気温じゃ、夕方といってもまだかなり暑いだろう。そんなもの着て、どこへ行く?」
「夏祭りだよ、シャーロック。近くの神社でやってるんだって。屋台がいっぱい出て、にぎやからしいよ。」

「着心地どうだい、シャーロック?」
「ふん、確かにスーツよりは軽いし涼しいな。だが歩幅に注意しないと、前がはだけて恥ずかしいことになりそうだ。」
「うん。僕ら自分じゃ着られないから、暴れないように注意しないと…あっ!」
「どうした。」
「あそこ、ランタンがいっぱい飾ってある。あそこが夏祭りやってる神社だよ。」
「ジョン、あれは提灯だ、ランタンじゃない。まぁ似たようなものだが。」
「ワォ、ホントだ、屋台村みたいだなぁ。人もいっぱいだ。」
「ジョン、いきなりトイショップがあるぞ。水鉄砲も売ってる。射撃練習用にどうだ?」
「ははは…。おっと、なんだか香ばしい匂いがする…。イカだ、あそこでイカを焼いてる!」
「なるほど、これがイカ焼きか。確かに香ばしい醤油の匂いにそそられるな。」

「旨い! 思った通りだ。ゲットしてよかったなシャーロック。」
「確かに。イカをただ焼いただけなのに期待以上だ。済まないがこの店の写真を撮りたい。ちょっと待っててくれるか?」
「いいけど…あれっ、その携帯…まさかあいつの…!」
「さすが、観察眼が鋭くなったなジョン。君の見立て通り、これはジム・モリアティーの携帯だ。少し前に兄のところから盗んでやった。」
「せっかく楽しいところなのに、どうしてそんなもの…。」
「…ジョン。僕は彼とは、似た者同士だって自覚がある。だから彼の最後が、他人事と思えないことがあるんだ。僕と彼との違いは唯一、彼には君のような友人がいなかったことだと思ってる。」
「シャーロック…。」
「だからせめて、あの世のジムにもこの楽しさの片鱗だけでも、分けてやりたいんだよ。もしも彼にも来世があるとしたら、この楽しさを思い出してくれればと思って…。」
「その気持ち分からないではないけど…。君とジムとの違いって、友人がいるかどうかなんてレベルじゃないと思うよ。君は自分で社会不適応者だなんて言いながら、その才能で皆の役に立とうとしてるじゃないか。人が何人死のうと自分の力をひけらかすだけだった奴とは、全然似てないって思うけどね。」
「本当にそう思ってくれるのか、ジョン?」
「もちろん。だからもう君も、奴のことなんか忘れちまえって。」
「時間がかかるだろうけどな…おっと待った。ジョン、あっちに黒いバナナがあるぞ!」

「…ほんとに黒いな。でもこれ、チョコだよな?」
「匂いからしても当然そうだろうな、ジョン。」
「…見るからにものすごく甘そうだけど…さっきの焼きイカがしょっぱかったし、ちょっと食べてみたくないかシャーロック?」
「冗談じゃない、一口食べたらブタ箱行きだ。」
「…ブッ…飛ばし過ぎだぞこのデーブ・スペクター!」
「僕を変なアメリカ人と一緒にしないでもらいたい。」
「まぁそう言わずに食べてみよう。一本を2人で分ければブタ箱行かずに済むんじゃないか?」

「あまーい!」
「確かに、思った以上に甘いな。でも悪くない。」
「うん。チョコバナナって見た目は変だけどけっこういける。ただし直後にまた、しょっぱいものが欲しくなるけど…。」
「甘辛地獄の誘惑に屈するなよ、ジョン。ペットボトルのお茶で我慢だ。」
「味気ないなー。」
「…んっ? 今の音は…雷か?」
「違う、花火だよシャーロック! そういえばフロントの人が、今夜近くの川で花火大会があるって…。」
「また上がったぞ! なんて美しい光だ…。」
「色の組み合わせも絶妙だしな。そういえばシャーロック、花火ってそもそも、亡くなった人々の魂を慰めるために始まった風習だって知ってたか?」
「…いや、初耳だ。よく知ってるじゃないか。」
「まぁ、フロントの人からの受け売りだけどね。」
「そういうことならジョン、あの世にいるモリアティーからも、この光は見えてるはずだな。」
「だと思うよ。きっと僕らと同じに、きれいだなぁって眺めてるんだ。」
「彼にもセカンドチャンスが、あると思うか?」
「…そうだな…少なくとも僕にはあった。神様はきっと、その点じゃ平等だと信じてるよ。」
「…それなら僕も、信じることにしよう。」

「ほんとに花火って綺麗だな、シャーロック。この夏は日本に来れてよかった…。」
「そうだなジョン。来年もまた来よう。」
「今度こそ北海道で頼む。炎天下はこりごりだ。」


【終わり】