I Owe You... 06

【警告】18禁まで行かないと思いますが、この1話のみR15とさせて頂きます。
性描写苦手な方は、閲覧ご注意下さい。
2014年6月22日(日)開催の同人イベントにて頒布した新刊の書き下ろし小説です。
イベント後1か月以上経過したので、こちらにも完結まで順次アップしていきます。



「やあ、昼間会ったジョン・ワトソンか。よく来てくれた。僕は友人に恵まれてないから毎日退屈でね…。」
「今日は彼女は?」
「ああ、今シャワー中だ。」
 二階のリビングに上がると、部屋の様子が一変していてジョンは驚いた。
 壁紙や大まかな家具の配置はそのままだが、きれいに片付いて塵一つ落ちていないのではと思わせる。
「すごい、片付いててきれいな部屋だ…。」
「ああ、最近よく言われる。昔はガラクタの中で暮らしてたような気もするが…片付いた部屋に住みたければ君も彼女を持つことだな、ジョン。」
「…そうだな。君にそれを言われるとは思わなかったけど。」
 リビングの両脇に並んでいるソファーの一つに導かれたジョンが腰を落ち着けると、シャーロックがジョンの前までソファーを移動させてきた。
「そこだよ、ジョン・ワトソン。君に聞きたいことがある。」
「…何を?」
「不思議なことだが、昼間君に出会った時、僕は初めて既視感…デジャヴを体験したんだ。君が何か知ってるんじゃないかと思うんだが。」
「…どうしてそう思う?」
「初めて会ったはずなのに、君はこんなところで偶然だと言った。映画面白かったか、とまで聞いたんだぞ。」
「…そうだっけ。」
「今もまた、僕にそう言われるとは…なんて、まるで旧知の友人同士の会話みたいだ。僕らは以前、どこかで一緒だったことがあるんじゃないか?」
「シャーロック…。それは君自身が、一番よく分かってるはずだろ?」
「…そのはずなんだが…最近、急に霧の中を漂ってるような感覚に襲われて昔を思い出せなくなることが何度かあって不安なんだ…。」
「シャーロック、君は…」
「あらやだ、ごめんなさい! 私ったらまさかお客さんだと思わなかったから…。」
 男二人が声のした方に顔を向けると、濡れた体にバスタオルを一枚纏っただけのアイリーンが戸口に立っている。そして言葉とは裏腹に、それ以上恥じらうでもなく濡れ髪からぽたぽた水を滴らせながらシャーロックに近づき、耳元に何か囁いた。
「…ああ、分かってる。済まないが寝室で待っててくれないか。ジョンとの話が済んだらすぐに…むぐっ。」
 突然唇を塞がれた格好のシャーロックだが、一度は拒絶するように首を振ったものの結局は彼女のキスを受け入れ、自身も積極的に応えるようになってゆく。互いの舌を絡めあう水音がジョンの耳にも届き、顔を上げると、まだ触れられてもいないシャーロックの股間がみるみる盛り上がり、先走りがズボンに染みを拡げている。
 ジョンは湧きあがる激しい嫌悪感のため一瞬眼を逸らし、済んでのところでソファーを蹴って外に飛び出すところだったが、シャーロックを取り戻せなくなる恐怖が勝り何とか踏みとどまることが出来た。
「…今は駄目だアイリーン…ジョンの前では…はぁ…んっ。」
 彼女の手がボタンの外されたシャツの中をまさぐり、すでに固く立っている蕾に触れた瞬間、シャーロックの口から鼻にかかった嬌声が洩れる。
「ドクターの事なんて気にしないの。なんなら彼もお誘いすればいいんじゃなくて?」
「…どうしてそんな…君が愛してるのは僕だけだって言っ…んぅ…っ!」
「もちろん、本当に愛してるのはあなただけ。でも、愛にも色々あっていいんじゃないかしら。」
 そう言いながらも彼女の愛撫の手は止まらず、何度も嬌声を上げるシャーロックの瞳が霧に覆われ始める。決然と、ジョンが立ち上がった。
「ドクターだと? 昼間会ったばかりのはずなのになぜ僕が医者だと知ってる? 答えろ、アイリーン!」
 アイリーンがゆっくりと、ジョンを振り返った。だがその顔は、みるみるジム・モリアティーに変化する。
「よく見ろシャーロック、目を覚ませ! こいつはアイリーンなんかじゃない、ジム・モリアティーだ!」
 モリアティーがジョンの顔を睨み付けたまま、シャーロックの股間に手を伸ばしていた。
「…嘘だ…モリアティーは死んで…アッ…んあぁっ!」
 ズボンの上から掴まれただけなのに、シャーロックの身体がソファーの上で何度も跳ねる。次の瞬間、ジョンの拳がモリアティーを壁際まで振り飛ばし、自身の手で遂げようとしたシャーロックをも、ソファーごとひっくり返した。
「仕方ない、お前が先かジョニーボーイ!」
 何事もなかったように身を起こしたモリアティーが背後からジョンに迫り、飛びついてその首を締め上げる。
「ぐ…あぐッ!」
 苦しさのあまり膝から崩れ落ちたジョンの身体に馬乗りになり、モリアティーが渾身の力でジョンの首を圧迫していた。
「本音を言えば君を殺したくはないんだよドクター。彼のペットとして置いておくのも悪くはない。だが邪魔をするなら話は別だ。この世界を永遠たらしめるためには仕方ない。さようなら、ドクター・ワトソン。」
「…永遠…て…お前まさか…シャーロッ…を…?」
「その通りさドクター。退屈しなくて済む相手に、僕は初めて巡り会った。だからこそ、あそこで早々と死ぬことが重要だったんだ。死んでしまえば政府の連中にはコントロール出来なくなることぐらい、分かっていたからねえ。」
「…ギュ…シャーロッ…」
 助けを求めて伸ばした腕の先で、シャーロックがようやく身を起こし、ジョンとその上に馬乗りになっているモリアティーをぼんやりと見つめる。
「…アイリーンはどこだ、ジョン? 僕らはもうすぐ結婚式を…。」
「思い出せ…! 彼女はもう…ロンドンには…ゥ…ぐぅッ!」
「…僕を本当に愛してくれて…理解し合えると思えたのは彼女だけなのに…。」
 その時ジョンの瞳からこぼれた涙は、ただ首を圧迫された苦しさだけのものではなかった。
「…違う…シャーロッ…僕だって…。いや…僕こそ本当に…君を…」
「あぁ、五月蠅いねぇジョニーボーイ。往生際が悪いと成仏出来ないぞぉ!」
 歌うような口調と裏腹に、モリアティーがますます指先の圧迫を強め、切れ切れに呻き声を漏らすだけだったジョンの肢体に痙攣が走り始める。
 シャーロックの表情に明らかな変化が見えたのはその時だ。霧に覆われたようだったアイスブルーの瞳に光が射したと思うと、素早く周囲に視線を走らせる。ひっくり返ったソファーの脇で何かを拾い上げると、それはジョン愛用のシグ・ザウェル226Pだった。
 知り合ったばかりのころのジョンが、この銃で自分を救ってくれた瞬間が、まざまざと甦る。
 ジョン、君には借りがある。それも一つや二つでなく数え切れないほどだ。それをなぜ、あっさりと忘れることが出来たのか…。
 シャーロックは深呼吸を一つすると両腕を真っ直ぐに伸ばし、慎重に狙い定めて引き金を引いた。

 一発の銃声とともにジム・モリアティーの身体が宙を舞い、その勢いのままリビングの扉の向こうに消える。

 自分の掌に収まっているシグをしばし不思議そうに見つめていたシャーロックだが、我に返ると転びそうな勢いで懐かしい友人に駆け寄った。
「ジョン…ジョン!大丈夫か?! 僕ときたら君をまたこんな目に…。」
「ぐ…あぐ…ゲホッ…」
 激しく咳込みながら、それでもこれはただの夢なんだとようやく思い当たると、ジョンはケロリとして顔を上げた。
「ごめん、もう大丈夫。もっと早く気付けたら楽だったのに。」
「…ジョン?」
「よかったな、お互い間一髪で。ただの夢だけど心臓止まると危なかったらしいから。」
「…何の話をしてるんだ?」
「目が覚めたらわかるよ、何もかも。」
「ってことは、僕らは今眠ってるのか?」
「…その筈だ。」
「だとすると…目覚めたら全て忘れてしまうのか? 君がさっき、僕に言おうとしてくれたこと…。」
「どうだろう。明晰夢は記憶に残りやすいって、聞いたことはあるけど。」
 シャーロックは突然、あまりにも普段通りの友人の反応に不安に襲われる。
「ジョン、その、さっき君が言いかけたことだが…実は冗談だったとか、方便だったなんて言わないだろうな?」
 ジョンはシャーロックの、自分を見つめるアイスブルーの瞳がさざ波のように揺れていることに胸を衝かれ、励ますようにほほ笑んだ。
「…まさか。あんなこと冗談で言えるほど、まだ修行積んでないよ。ただ怖くてずっと…起きてる時には言えなかったけど。」
「夢だから言えたのか?…どうせ忘れてしまうから…。」
「いいや、シャーロック。そもそも夢ってのは無意識の産物だし、あの状況じゃ隠すわけにも行かなかったんだよ。」
「ああ、ジョン!」
 シャーロックが両手を拡げ、ジョンの身体を包み込む。その瞬間、忘れたくない、と彼が呟いたのを、ジョンは聞き逃さなかった。


【続く】