Unity 01

この小説にはキャラクターの死が含まれます。
またライヘン後1年以内を想定した、完全なAU(パラレル)です。モブ(オリジナル)キャラも出まくります。どれか1つでも苦手な方、閲覧ご注意下さい。



 221Bで銃声が轟き、ハドソン夫人が驚いて駆けつけるとリビングの自分のソファーにジョンが身体を沈めていた。
「まぁジョン、いつ戻ったの?」
 夫人が背中から声をかけるが返事が返って来ない。胸騒ぎを抑えながらゆっくりとソファーの前に回った夫人が見たのは、肘掛から力なく垂れ下がった左腕と、床に転がった銃。ぎくりとして目線を上げると、こめかみから血を流したジョンの青白い横顔が眼に飛び込んで来て、夫人は気を失いそうになった。

 フラットの窓からパトカーの赤色灯がひらめくのが見えたが、それを見るなり小躍りして喜んでいた不謹慎な名探偵と、助手だった元軍医はもうこの世にいない。通報で駆け付けたレストレード警部もハドソン夫人も、その事実をどうしても受け入れることが出来ずにいた。
「私がもっと注意していれば…。ここに戻っていたことさえ気づかなかったなんて…。」
「…ジョンが気付かれないように用心してたからですよ、ハドソン夫人。あなたの落ち度じゃない。それを言うなら俺だって、ここまで思い詰めてたなんて知らなかった。捜査を手伝ってほしいと持ちかけたが、シャーロックみたいには行かないって断られて…。今から思えばあの時、無理にでも引っ張り出してりゃまた違ったのかも知れないが…。」
「そんなことないわよ警部さん。ジョンもとても頑固だったから…結局私たちじゃ、どうにも出来なかったんだわ…。」
「シャーロックはともかく、少なくともジョンって男は、俺を友人だと思ってくれてたってのに…。」
「とにかく、早くジョンのお姉さんに連絡しないと…。」
 ぽつりとつぶやいた夫人の声が、グレッグにはことさら侘しく感じられた。


 シャーロックが意識を取り戻したのは、寒々しいコンクリート打ちっ放しの、窓のない部屋だった。
「意識が戻ったようだなシャーロック。」
 頭の上で響いた聞き覚えのある声に顔を向けると、兄のマイクロフトが唇の端をひん曲げ、無理に笑顔を作っていた。
「何だ兄さん、結局うまく行かなかったようだな。」
「いいや。今度こそうまく行ったさ、驚くほど順調にな。問題は君が、事実を受け入れられるかどうかだけだ。」
 シャーロックは兄が自分を「君」と呼びかけたことを訝りながら、兄の持ち出した手鏡を覗き込み、息を止めて瞑目した。
「…一体何が、どう順調だったと言うんだマイクロフト!」
「シャーロック、君は今や…」
「シャーロックだと? だったらどうしてジョンの顔が写ってる? 僕は誰だ? あんたたちは、僕の唯一の友人にどんな犠牲を強…」
「誓って言うが、私たちは何もしていない。結局彼には耐えられなかったんだ。ジョンにとっても、君は唯一の存在だったということだよシャーロック。」
 ジョンの姿をしたシャーロックは、手鏡を床に叩きつけ、その鋭い破片を掴むと手首の動脈に突き刺そうと腕を振り上げた。
 一瞬早く、マイクロフトがドアの外に合図を送り、飛び込んできた白衣の男がシャーロックの肩に注射針を突き刺す。一瞬で、シャーロックの身体から力が失われた。
「…どうしてこんな事が…ジョン…ジョン!」
 シャーロックは、もはや鏡を見る以外にその姿を見るすべがなくなった友人の名をうわごとのように繰り返しながら、ぐったりと眼を閉じる。白衣の男がその身体をベッドに横たえ、マイクロフトが毛布を掛けてやると、規則正しい寝息が聞こえてきた。
「これで朝までは眠るだろう。」
「その後はどうします?」
「…受け入れてもらうしかない。彼らにとっても、生き続けられる唯一の方法だったんだからな。」
「簡単には行きそうもありませんが…。」
「もちろんそうだろう。だが我々は、責任を放棄するわけにはいかないんだよ。」

「…ジョン…どうしてこんな…ジョン…。」
“落ち着けよ、シャーロック。”
「ジョンなのか!」
 シャーロックは驚いてベッドから跳ね起きたが、真っ暗でベッドライトのスイッチがあるのかどうかさえ分からない。
“君の右斜め後ろ。もうちょい右だ。そこにスイッチがあるよ。”
 手探りで探り当て、ほのかな明かりがともるとシャーロックが目を瞬く。
「君の意識が残っていたなんて…その…よかった。でも驚いたよ。いったい君はどこにいるんだ?」
“その身体はもともと僕の物だったんだぜ、シャーロック。人間の心が脳の電気的信号だけのはずがないって、ずっと言われてたろ?”
「そのあたりのことは、僕にはよく分からないんだが…。」
“この身体のどこにでもだよ、シャーロック。僕はどこにでもいる。それこそ細胞の一つ一つにね。”
「…そういうことか。まぁよくは分からんが受け入れるしかないんだろうな。」
“命を長らえたいなら、それしかない。マイクロフトを責めるなよシャーロック。彼らの言ってたことは本当だ。僕は自ら…頭を撃ち抜いた…。”
「何だってそんなことを…!」
“仕方ないだろ。君が生きてたなんて、僕は知らなかった。そもそもそっちが人を騙しといて…。”
「敵を騙すにはまず味方からって諺があるだろ。モリアティーが君やレストレードを狙ってて…他にどうしようもなかったんだ。」
“まぁそんなところだろうとは思ってたよ、君がいかさまを認めるなんて普通じゃあり得ないもんな。でも生きててくれて、よかった。”
「そうだな…曲がりなりにも、また会えたんだ。」
“また一緒にも暮らせるし…な。”
「そう来るか。しかし、こんなことになってたなんて夢にも思わなかったぞ。」
“僕はずっと、意識はあったから…お兄さんたちの話が聞こえてた。君の身体は思ったより墜落のダメージが大きくて、内臓がほぼ使い物にならなくなってたって。”
「…らしいな。最初の再生の時、何日ももたないと言われたよ。それでまた、眠らされた。」
“その後僕が自殺して…お兄さんは僕の身体を使うことを思いついたんだ。”
「まぁ何というか、非常識な男だからな、兄は。」
“これからどうする、シャーロック?”
「明日になったら、またどんな薬を打たれるか分からない。もうここには居られないぞ、ジョン。」
“だと思った。僕に任せてくれれば、軍隊式だけどうまいこと抜け出してみせるけど…?”
「よしジョン、君に任せよう。」

 翌朝早く、様子を見に来たマイクロフトが目にしたのは、英国軍隊式にきっちりと整えられた空っぽのベッドと、見事なまでにスクエアに折り畳まれた毛布。
「…何てことだ。元軍人の意識も残ってたとは。2人となると、探し出すのは大変なことになる…。」
 マイクロフトは嘆息し、天に向かって呟いた。


【続く】