Waiting for You...

君がいなくなって1ヶ月。
あれからずっと考えてる。
何であんなことになったのか?


考えるのをやめようとしたこともあったけど、無理に別のことを考えようとすると呼吸が苦しくなる。
何も考えなければいいんだけど…頭を空っぽにしようとすると必ず、身を投げる瞬間の君の残像が浮かぶんだ。
僕の中の何かが、どうしても考えるのをやめさせてくれない。たぶんある一定の結論が出るまでは。
でも…君がもう戻って来ないということ以外の、結論なんてあるのかな?

先週末は天気がよかったから午後から散歩に出て、ウォータールー橋で夕日に照り輝く川面を眺めた。
不思議なもので眺めている間だけは、頭を空っぽにすることが出来たみたいだ。なぜならその時の記憶がほとんどないから。
ただ、光の踊る川面に吸い込まれそうになったことだけ覚えてる。
散歩に付き合ってくれてたグレッグが、僕のコートの襟をつかんで引きずり降ろしてくれなかったら、あのまま吸い込まれていたのかも知れない。
そういえばそのあと彼がティッシュを渡してくれたんだけど…一瞬何故だか分らなかった。ティッシュを顔に当てて初めて、自分の頬が涙でぐしゃぐしゃだったことに気付いたんだ。
そのあとはもう…涙が溢れて止まらなくなった。
ティッシュじゃどうにもならなくてコートの袖で拭うんだけど…後から後から溢れてくるんだ。
グレッグがそんな僕の肩を抱くようにして無理やり川から引き離し、僕を彼のフラットまで連れて行ってくれた。
彼の部屋で二晩過ごしたよ。
好きなだけいていいって言ってくれたけど、僕が起きてる間は彼も眠ろうとしない。その頃の僕はほとんど眠らなかったから、彼には難儀だったはずだ。
3日目の昼間、彼がとうとうウトウトし始めた時、僕はこっそり部屋を出た。
書置きは残さなかったよ。でもグレッグには後で、ちゃんと眠ってくれってメールした。彼からは、いつでも戻って来いって返事が来たよ。

グレッグのところで二晩過ごしたおかげで、分かったことがある。
彼も信じてなかったんだよ、君の最後の言葉を。
君は自分で自分をいかさまだと言ったけど、僕はもちろん、そんなの嘘だと思ってる。
前に君にも言った通りだ。僕は君を知ってる。
嫌な奴っぷりが演技と思えないのはともかく、その推理力も僕は間近で見てたんだぜ。
あんなのトリックで出来ることじゃない。
よく考えたらグレッグだって、僕が君と出会う前から君を知ってるんだもんな。
どう思う?シャーロック。
誰よりも君を知ってる2人が、君の話を信じてないんだぜ。

もし、事実が僕やグレッグの思った通りで君がいかさまでないとしたら…君が身を投げた理由が分からなくなる。
僕はコンサルタント探偵でも何でもないから、ちょっっと前まで本当に分からなかった。気付くまでにほぼ1か月もかかったってことだ。
全てはモリアティー、奴が鍵だったんだな。

ベイカー街に越して来た殺し屋たちは、君の持ってるものだけが目的じゃなかった。そうなんだろう?
彼らは君の周りの人間も狙ってた。当然さ。だから君は、身を投げて見せるしかなかったんだ…。
全てが僕を守るためだったなんて…。


…ごめん。何日も復活出来なくて。
君に出会ってからの僕はずっと、君のお荷物にはなるまいと思ってきた。
それがお荷物どころか…。
認めたくなくてずっと飲み続けて…冷静に文章が打てる状況じゃなかったんだ。
ある日僕がパブで、例によって昼間から酩酊してたらグレッグが来た。
たぶん店から連絡が行ったんだろう。
彼の部屋で眠りこけ、午後遅くに目覚めたらグレッグが言うんだ。
「シャーロックがそんなにヒロイックなものか!」って。
どうやら僕は昨晩ずっと、君が死んだのは自分のせいだって泣き喚いていたらしい。
グレッグが君がどんなに嫌な奴だったか列挙し始めたから、途中から僕も混ざった。
人質の命も忖度しなかったことを話したら、グレッグがそれ見たことか、という顔をする。
だけどグレッグ、シャーロックが他人のために命を捧げるような男じゃないと分かったとして、何がどう変わるというんだろう?

「これにはきっと裏がある。」とグレッグが言った。
おそらく何か大がかりなトリックだ、とも。
どうやったのか僕らには想像もつかないけど、シャーロックは見事やり遂げた。
彼は今、きっと待っているんだよ。再び彼の時が巡って来るのを。
僕らも彼とともに、その時を待とうじゃないか。

情けないことに僕はまた泣き出した。
涙が溢れるのをどうすることも出来なかったんだ。
「いつになるか分からない。でもジョン、君なら待てると信じてる…」
グレッグの言葉だったのに、君の声が聞こえたような気がして仕方なかったから。

翌日僕は、葬儀のあと初めて、荷物を整理するためにベイカー街221Bに戻った。 大家のハドソンさんが、しばらく部屋はこのままにしておくからと約束してくれたよ。他の誰かに貸す気がしないからって。
分かる気がします、と僕は答えた。
「まだ眼が赤いわね、ジョン。眠れないの?」
「いえ、昨夜はよく寝ました。もう大丈夫。僕らの部屋をお願いします。いつかきっと、戻って来ますから。」
「分かってる。待ってるわね、ジョン。」そしてシャーロック。

僕はベイカー街を後にして歩き出した。
強い風が頬の涙を吹き飛ばし、通り過ぎていくのを感じながら。


【終わり】