Daydream Believer

外出先から戻ってみると、221Bのリビングにはシャーロックの他にマイクロフトの姿があり、そこになぜか、姉のハリエットも混ざっていたので、ジョンは思わずたたらを踏む。
「やあジョン。早かったな、デートにしては。」
「大きなお世話ですよ!」
 先に声をかけたのはマイクロフトで、彼に当たるいわれはなかったが、姉の相変わらず人好きのしない笑顔がジョンの気に障った。
「いったい何の用があって、こんなところまで姉さんが?」
「ご挨拶ねぇジョン。私にだってたまには…」
「まぁ待ちたまえ。実はなジョン、この2人が結婚することになったんだよ…。」
「2人ってまさか…あなたとハリーが?」
「私じゃない。弟の方だ。」
「…へ?」
 ジョンは、鳩が豆鉄砲を食った顔でシャーロックと姉の顔を交互に見比べた。
 してやったりという姉の表情は予想の範囲だが、シャーロックに至っては、いつものソファに収まったまま、この期に及んでもポーカーフェイスを貫いている。
「へ、とは何よジョン。あんたの姉がやっと幸せ掴もうとしてるのに、祝福出来ないって言うの?」
 ジョンは姉の詰問を無視して、シャーロックに向き直った。
「すましてないで説明しろよシャーロック! これは一体何の冗談だ?」
「何から説明すればいい? 2人の馴れ初めでも物語るか?」
「シャーロック!」
「いいかげんにしてよジョン! 私たちが冗談で、結婚話なんてすると思ってるの?」
「君たちならやりかねない…。」
「ジョン、何てことを!」
「まぁまぁハリエット。ジョンにとっては今日が初耳なんだから仕方ない。残念なが…いやめでたいことに、冗談ごとではないんだよジョン。弟としては、君に花嫁の介添役を頼みたいそうだが…。そうだったなシャーロック?」
「もちろん君の意向次第だが、引き受けてくれると有難い。」
 あくまでも取り澄ました表情のまま、シャーロックが応じる。たっぷり10秒かけて深呼吸した後、ジョンは言い放った。
「冗談じゃない、お断りだ! だいたい、姉さんは同性愛者だってのに何でまた…。」
「彼女はバイだ。男も抱ける。」
「な、何だって?」
 驚いたジョンは2、3歩後ずさり、今入って来た扉に背中がくっついた。
「ほら見なさい、兄弟なのに私のこと何も分かってない。そんなあなたにとやかく言う権利あると思ってるの?」
「そんなの知るか! とにかく、僕は結婚なんて反対だ! どうしても一緒になるってんなら、僕はここを出てく。おどしじゃないぞ、本当に出てくからな!」
「…ご自由に。」
 相変わらずポーカーフェイスのシャーロックに畳みかけられ、怒りに目がくらんだジョンはフラットを飛び出した。
 どこをどう歩いているのか、はたまた自分が本当は何にそんなに腹を立てているのか自覚出来ないまま、ジョンは夜のロンドンを彷徨う。
 そして、路地裏から飛び出して来た大柄な男ともろにぶつかって昏倒し…

 目覚めると221Bの、自分の寝室にいた。
 よかった、夢だ。
 そりゃそうだよな。ハリーとシャーロックなんて、絶対ありえない。
 ジョンは身支度を整え、朝食をつくるため階段を降りて先ずはリビングの扉を開ける。驚いたことに、朝の7時だというのにシャーロックがそこにいた。
「おはよう…いや、これから寝るのかシャーロック?」
「いいやジョン。昨夜話さなかったか? 僕はこれから結婚式に行く。」
 見ればいつにも増して、高級そうなダークスーツで決めている。
「君が出る気になるとは珍しいな、誰の結婚式?」
 シャーロックが、やけに深刻な表情でジョンを見返した。
「大丈夫かジョン? 僕と君の姉上のハリエットのだよ。先週話した時君が大反対したから、邪魔されないよう国外で式を挙げる計画を立てたって、話さなかったか?」
 よく見れば、彼の足もとには大きなスーツケースが鎮座している。
「こ…国外ってどこで?」
「日本だ。大きな神社で、神式の結婚式を挙げてもらう。その後2人で歌舞伎見物だ。」
「ハリーがジンジャにカブキだって? あり得ない!」
「確かに、それほど興味はなさそうだったな。だが僕と一緒なら何でもいいそうだから…。それじゃジョン、彼女を待たせたくないから出掛けるよ。」
 言いながら大股で歩きだし、扉に向かうシャーロックをジョンが追いかける。
「ちょっと待て、もう一度よく考えろよシャーロック! ほんとに君の生涯の伴侶が、ハリーでいいのか?」
 シャーロックの歩みが戸口で止まり、そのままクルリと振り返る。
「今のはどういう意味だジョン?」
「…意味ってそんな…。ただ、姉とはあんまりいい思い出がないから、君も苦労するんじゃないかって…。」
「…その苦労が楽しいんだろ。」
 再び踵を返したシャーロックを追ったジョンは、目の前で勢いよく閉じられた扉に頭をぶつけて再び昏倒し…

「わあああっ!」
 再び目覚めると目の前にシャーロックの顔が迫る。大きくのけぞったジョンはソファーから派手に転がり落ちた。
「何なんだよシャーロック、近過ぎるだろ!」
「うなされていたようなので心配して…。」
「嘘つけ、君が心配なんて一般人みたいなことするもんか。」
 もう一度ソファによじ登り、座り直しながらジョンがやり返す。
「見事な推理だなワトソン君。実は眠ってる君を観察させてもらってた。なかなか楽しかったぞ。」
「…そりゃよかったな!」
「それで、どんな恐ろしい夢だったんだジョン?」
「さあな、もう忘れたよ。ところで寝覚めのコーヒーが飲みたいんだけど…。」
「それはいいなジョン、僕の分も頼む。」


『ちょっと待て、もう一度よく考えろよシャーロック! ほんとに君の生涯の伴侶が、ハリーでいいのか?』
『今のはどういう意味だジョン?』

『…その苦労が楽しいんだろ。』

 2人分のコーヒーを淹れながら、自分がまだ夢の余韻に浸っていることに、ジョンは驚いた。


【終わり】